(2000.9.28〜10.11)

1446 しつこい 投稿者:泉泰弘  投稿日: 9月28日(木)09時03分02秒
  「モデル」についてはこんな会話も成り立つかなと後で気が付きました(しつこい)
 (若手研究者同士の会話)

 「俺こんどモデルに手を出そうかと思ってるんだ。」
 「すげえなあ。でも感触はどうなんだ?」

「セクハラ」「カラオケ唄いまくり」「万札出し」、このうち1つは状況次第では実際にやろうかと考えていたことです。(尤も酔っていたらしないんですけど。)
1447 やばい 投稿者:相馬契太  投稿日: 9月28日(木)10時19分53秒
   ああっ、ネタばれした>文体、大槻ケンヂ
 そりゃそうだってね。あれだけオーケン、オーケン言ってりゃ。
 泉さんは立ち読みしかしなかったんですか? 
 まあ、いいから買いなさい。
『のほほん人間革命』(角川文庫)がおすすめです。

 中島らもも好きですが、実はそれ程読んでない。
 この間ようやく『ぼくに踏まれた町とぼくが踏まれた町』を読んだ。
 彼のエッセイは、ときどきホロリとさせようとするので、それがちょっと、こう、苦手。
 小説の方が面白かったっす。『ガダラの豚』。これはいい。

 内田春菊がオオクボさんのことをぼろくそに言ってたときは、さすがに、「じゃあ、『悪女な奥さん』はなんだったんだ」とトホホだったけど、いまはもうどうでもいいや。あの人の評価は、『目を閉じて抱いて』を描いたということでALL O.K.だ。
 ただ、明らかに感覚がずれてきているような気もする。
 一時期、内田春菊はそれこそ世の中に先駆けているような状態にあったが、実は、最近は世の中に置いていかれてるのではないか。
 内田春菊の主張(もしくは自慢)していたことは、もう、ある意味あたりまえすぎるのじゃないか(まだまだ障害は多いとしても)。
 そういう意味で、求心力を失って、それ故にことさらアピールをしているようにも見えなくはない。

 マドレデウスのレビューは、だいたい曲を聴いたことがないからな。
 なんと言えないけど、おおげさすぎるだろ。
 しかも、あのまとめ方。あれ? それが俺のようなのか?
 おおげさなのは嫌いじゃないが。
 そうじゃなきゃプログレは聴かん。

 しかし、東京都知事が突き破ったかのような表現だな。
 まあ、突き破っているかもしれないが。
http://www.simple1-j.com/k-bbs/kbbs.cgi?bn=010446
1448 付け足し 投稿者:相馬契太  投稿日: 9月28日(木)10時43分57秒
   男が男であることを武器にするというのは、あまりに当たり前にやりすぎていてけっこう気がつかないものだけど、女が女であることを武器にするというのは、(それが男の文脈の中での“女”でない限り)あまりに難しいことで、だからこそ男から見ると「気になる」のかもしれない。
 もちろん、否定的に「気になる」ということです。

「隠語」に関しては、そもそもなぜ隠さなくてはいけないのかということで、それは誰の都合であるかといえば男の都合で、女ならば、本来隠さなくていいんだとそういう主張になるから「男がやるとバカだが女がやると粋」になるのだろうと。
 しかし、これもだいぶつらいアピールの仕方になってきた。

http://www.simple1-j.com/k-bbs/kbbs.cgi?bn=010446
1449 相馬の期待通り 投稿者:ゆき  投稿日: 9月28日(木)12時43分13秒
   期待はしてないか。昨晩のは酔って書いてます。略してみたけど2度と書かなかったしな>私繁
 札幌を離れるときに3冊まとめて売っちゃったのよ。そんなことなら加藤さんにあげれば良かったですね(3冊目にはひそかに今のパートナーが出てくるので後からみて驚いた)。

 隠語というのは女性器の呼び名のひとつを言ってるところはなんとなく覚えてるけど、それのことでしょうか?
1450 はよ復旧してくれ 投稿者:泉泰弘  投稿日: 9月28日(木)16時36分12秒
   さっき生協から来たチラシを見て驚いた。
「何だぁ? 来月からCDの値引率が15%になるだとぉ!(現在は2割引)」
 それだけなら(怒)マークを10個ぐらい連ねないと収まらないところでしたが、同時に書籍も5%引きから10%引きになるとのこと。トータルで考えると若干損するくらいなので我慢することにします。

 さて、実はあの日にオーケンを1冊買ったんですよ。タイトルは「あいまいな日本の私」。こんなことばっかり書いてたら怒られるので、今度行った時に『のほほん人間革命』を探すことにします。
 他に買ったのは灰谷作品と山田作品を2冊ずつ。山田詠美の「ベッド・タイム・アイズ」と「ソウル・ミュージック・ラヴァーズ・ストーリー(だったかな?)」は、他の作家が誉めていた彼女の文体に馴染めなかったためか、もう一つのめり込めませんでした。というより、そもそも自分は男と女が出会う→寝る(→別れる)という筋書きの小説は苦手。(サガンは「悲しみよこんにちは」以外は全部つまらなかった。ただし戯曲は別。)同じ「男と女」なら「嫉妬に狂った夫が妻を刺し殺す」の方が好きだし、「ふられた男がその後何年間も一人でウジウジと悩みつつ哲学する」なんてのはもっと得意だ。

 さっきからメールが不通で、出さなくてはいけない返事がいくつもあるのに送れない(昼に送ろうと思っていた長文も同様)。なのにブラウザはちゃんと使える。どういう訳だ??
1451 男はバカ 投稿者:加藤 浩司  投稿日: 9月29日(金)00時46分16秒
   それにしても夜は掲示板の調子が悪い。また移転するか。あまり頻繁に変えるのも考え物だが。以前からT-Cupでもこのサーバーだけ混んでるんだ、これが。

 泉さんがフォローしてくれてますが念のため私も補足。泉さんのセクハラとかカラオケとかは全部ウソです。中途半端なウソなんで本気にした人もいるかも知れぬ。泉さんごめんなさい。今度はもっとひどいこと書きます。それで本気にする人がいたらそれは多分泉さんのせいです。

 2度も「立ちション」と書いて何が清純じゃ。もうそのパソコンは汚れてしまった。

<幻想の普通少女>
 慌てて再読して感じたこと。(結局今回も最後まで読めず2巻で頓挫。)
・バカ男の描写はなかなかだが、優しい男の描写はわざとらしい。
(これは作者がかつて関わった男に前者が多く、「その逆をやる男」として後者を描いているせいであることが「私たちは繁殖している」で判明。)
・バカ男への腹立ちよりも、それに引っかかる女への苛立ちの方が大きい。これは自分が男だからか。
・同性の友人とのすれ違い云々については、しょっちゅうだったからもはやどうでもよくなってる。私は見切りが早い方らしい。異性との場合はどうか知らない。

<授乳は立ちションか>
「そんな意図」であるのなら、主張の形としてああいうのがあってもいいと思います。彼女が隠語連発女であることを吹聴するのと同じ乗りにも見えましたが、私の誤読かも知れません。
「見せられる方は迷惑だ」という批判に内田春菊はどう反論するのだろう。「我慢しろ」「慣れろ」ならば「そんな意図」として辻褄は合う。
 もし男達が狼狽するのを楽しんでいるのならやはり「立ちション」でアル。

<被害者意識、というよりは「いや〜失敗失敗」>
 なんかバカ男のことを描いている箇所だけ軽妙さが影を潜めて恨みがましい印象を受けました。「あんなバカ男と深く関わってしまった“自分”」という視点があるのかやや疑問。

<自分の考えていることが万人の共感を得られて当然という口調が鼻についた>
「共感を得られて当然」という言葉は、多分その人の持った印象を適切に言い表してないと思います。
 軽薄な価値観をバッサバッサと切り捨てる攻撃的な語り口に感じた反発をうまく表現できなかっただけじゃないかと。要するに攻撃的なのが嫌だと。
 掲示板で何かを強く主張すると「押し付けるな」とよく言われます。「どこが押し付けなのか」と聞いても答えてくれない。
 内田春菊の語り口は私も決して好きではないです。どこか突き抜け切れていない印象があって痛快さを覚えない。

 男根ブスブス小説は読んでないのでわかりません。(←立ちションよりこっちが気になる)
 隠語云々というのは、パーティーで子供をどこそこから生んだとか言う場面のことです。


 ここからは相馬さんへのコメント。
 内田春菊は社会通念へのアンチテーゼ(あまり好きな言葉じゃない)を示した人として評価されていたのだと思うけれど、そのアンチテーゼがアンチテーゼでなくなるくらい社会が受け入れ始めても相変わらず同じことを言い続けているとしたら問題だと思います。実際はどうか知りませんが。
 田嶋陽子にだけはなってくれるな。「男はバカ」はもう聞き飽きた。

 レビューで相馬さんに似てると思ったのは、ええと、まとめ方ではないです。ではどこだろう。どことなく。
 あのレビュー、マドレデウスを聴いたことのある者からすれば大袈裟じゃないんですよ、全然。まあ私にとっては間違いなくマドレデウスは「幸せな音楽」だけど、あれを聴くと体調崩すとか子供が怖がるとかいう話にもあっさり納得できる。


 ふたたびゆきさん。
 掲示板に長文を投稿する時はテキストエディタを使ってこまめに保存するといいです(今回たまたましてなかっただけかも知れませんが)。もっとも私はこのフリーウェアを使ってますが。ウィンドウズユーザー必携。
 1024×768ならフォントサイズ12にするとよい。書体はMS明朝。「スタートアップ」フォルダにショートカットを置くのをお忘れなく。
http://www02.so-net.ne.jp/~unagi/evmemo/
1452 王監督は解任するべきです 投稿者:泉泰弘  投稿日: 9月29日(金)08時11分50秒
   ディアマンテスが歌った"Que sera"という曲の歌詞が知りたいという投稿が公式ページのBBSにあった。自分も興味があるので、cancion とque seraをキーワードとしてyahooで検索してみたら1件出てきた。

Das Bunker - industrial dance club held in the popular lesbian bar,
    Que Sera.

・・・・・・・・ダメだコリャ。

 なお、Yoshi-Kさんよりメールを頂きました。これから返事を書きます。


 下で加藤さんも書かれているけど、あのレビューはマドレデウスを知った人なら「うん、わかる、わかる」と肯きながら読むことができると思います。さらに僕の場合は、「もしかしたらこいつは俺の何倍も解っているんじゃないだろうか」と思ったほどでした。そういう意味ではものすごく説得力のある文章。
 しかし、聴いたことのない人があれを読んで聴いてみようという気になるかといえば、少々粗雑なところもある文章だけに、その点だけで拒絶反応を示してしまう人も少なくないような気がします。そういう意味では説得力のない文章。
 結局は不思議な、というより不気味な文章ということになるのかな?


 それから加藤さん、フォローは別にいいですよ。自分の正体はベールに包まれていた方がいいし。
 最後に、提言者さんからのメールはちゃんと着いていますか?
1453 とり急ぎ 投稿者:ゆき  投稿日: 9月29日(金)10時37分20秒
   エディタの御礼だけ。会社での私はまさに

・付箋紙がいまひとつ体に合わなかった人。
・四六時中コンピュータと向きあっている人。
・慌てて机にメモってしまうような人。

 これです。完全に会社員になってからPCに触り始めたので、完全にオフィスのアプリケーションしか使えないといっても過言ではないです(オフィスのアプリケーションなら完全に使える、ではありません)。あっでも家計簿ソフトも使ってるけど。

 内田春菊はねえ。仕事中に、あとからここになんて書くかを考えないように努力します。
 あと泉さん。初期の山田詠美は、少なくとも私はお勧めしません。「トラッシュ」かな。
「120%COOOL」をこの前読みましたが、そっちはきっと泉さんの趣味ではないと思う。

 ではまたのちほど。
1454 とりあえず発声練習しよう 投稿者:泉泰弘  投稿日: 9月29日(金)12時30分58秒
   午前の試験監督中に、この前のコンサートにおける実演の良さについて考えていた。
「ナマの音は迫力が違う。」
 残念ながら自分はノー。PAが増幅しすぎでうるさかったし、「魂をコンドルにのせて」ではミキシングのミスでパティの声が割れていて聞き苦しかった。
「他の聴衆との一体感が味わえる。」
 これもクエスチョン。一応周りとある程度は合わせていたけれど、やはり自分は不動の姿勢で聴き、曲の合間だけ拍手をする方が好きだ。隣に加藤さんがおられなかったら完全に浮いていた。
 となると残るのは「視覚的効果」ということになるのだろうか?
 確かにドラムやトロンボーンなどのソロでは、以前聴いたジャズのライブと同じく、「おーすげー」と身を乗り出しそうになった。(あそこで拍手が生じないのは疑問だ。)またアルベルトの語りも良かった。しかし、しかし、パティとルビエスの水着みたいな衣装。アレは何だ!(やっぱりここに行き着いてしまうか。)あれは音楽にとって何の貢献も果たしていないどころか、音楽を聴くためには妨げとなっているではないか。沖縄の衣装やポンチョで統一されていたらどんなに良かったことか、と思わずにはいられない。近頃の女流ヴァイオリニストの上半身を露わにする衣装を嘆く評論家と同じく、音楽で勝負してくれと言いたい。(やっぱ自分は「フツーの男」ではないみたいだ。)

 朝の投稿ではアホなことを書いてしまった。(自分でフォローしておいて、加藤さんに「フォローは別にいいですよ」と言うとは。情けない。)
 これも明日のことで頭が一杯だからです。だって明日は歌手デビューなんだから。
 ちなみに上京する晩の飲み会で、自分が圃場で歌うのを聞いて不気味に思ったという学生が何人かいるということを知って愕然とした。(自分は日本語曲は絶対に歌わない。)
「もおええ。オマエらに俺の歌の良さがわかってたまるか!!」

それから、
>初期の山田詠美は、少なくとも私はお勧めしません。
 ・・・・について。よく考えたら「他のも読んでみたい」と思った女流作家なんて林芙美子以外見当たらない。(林作品は入手できる限り読むつもり。今度読む予定の岡本かの子には期待している。)あ、他にもう一人いたな。梨屋アリエってのが(ヨイショ)。

(こんなの書いてるヒマあったら明日のスピーチ考えろよ。>自分)
1455 友達少なかった 投稿者:加藤 浩司  投稿日: 9月30日(土)01時01分58秒
   考えてみれば、「幻想の普通少女」は主人公だってバカ男に引っ掛かる女に苛立っているんだから、読者たる私がその女に苛立つのは至って正しい反応なのだな。
 で、なぜ思い入れできなかったかというと、自分が主人公の立場だったら、そもそもあんな脆弱な女と親しくなることすらなかったろうということ。友達少なかったなあ。

 ふむ、PAはロックコンサートは大抵大きすぎるから別に気になりませんでした。要するに妥協して聴いてる。でもディアマンテスはファン層が広いのを考慮してかなりボリュームを抑えてるそうです。
 ミキシングミスはまるで気付かず。いい加減なものだ。
 一体感については、同じ振りで踊ったりはしないけど会場の雰囲気は楽しめましたよ。ディアマンテスのライブの雰囲気は日比谷が一番好きだなあ。沖縄には行ったことないからわからないけど。

 パティは受け持ちが「ダンス」ですからねえ。まあ、ああいう衣装がいいとも別に私は思いませんけど。でもダンサーが1人だと目が行かない。2人の時の方が視覚的にバランスが取れてたんだろうな。
 ところで「圃場」ってなんでしょ。読み、意味共にわからず。

 提言者氏には今夜返事書きます。叩いてやります。ウソ。
1456 おとなではないので 投稿者:ゆき  投稿日: 9月30日(土)20時59分46秒
   成長期における友達ですから、はじめから「あんな脆弱な女」であることがわかっている、ということは少ないはずです。仲良かった友達が脆弱だったことに気付かされて愕然とする、という順番だったら、どうですか?

 で、新たな面を見せ付けられるチャンスはやはり色恋がらみです。あいつは友達より男を取るのか! とか、あんな男が趣味なのか! とか、あんなことされて黙ってるのか! とか、始めからわかっていれば苦労しないことがどんどん勃発して衝撃の連続でした。こういう区分の仕方は私自身は好きじゃないのですが、男の子同士ってそういうことはなかったのかな。

「バカ男」と言っても、「バカな男もいる(多いでも一応可)」「男はみんなバカ」ではずいぶん話が違ってきますよね。田嶋陽子はどちらかというと後者。内田春菊は圧倒的に前者です。

 あと隠語については、内田春菊がそれを踏まえているかどうかはわかりませんが、単語や語られる文脈において、男性器より女性器のほうが忌避感とか陰湿な感じを伴って語られることが多い、という分析をもとに、おおらかにその名前を言おう!というようなキャンペーンがかつて女性運動のなかであったと思います。そう言うとか、もっとよさそうな名前を考えるとかいろいろ。
 私が気にならなかったのは、それではそれを踏まえていたんだろうか。

泉さんへ
 江國香織は?
 これは加藤さんの賛同も得られるぞ。多分。
 そう書いて思い出しましたが、「ホリー・ガーデン」の主人公ふたりの感じも、「普通少女」とは話の主軸は違うけど、私の言いたい意味としては、近しさを感じます。

 私は映画を観てそれの音楽にはまるというのが良くあるのですが、ちょうど就職活動期かなにかで「リスボン物語」観てないのよね。候補リストには入ってたけど。残念な気がしてきた。
1457 ボラーレ絶品 投稿者:加藤 浩司  投稿日: 9月30日(土)23時42分36秒
   ああ、脆弱な女云々については、私があの部分に共感できなかった「個人的な」理由を述べたまでですから、客観的な批評とは別物という認識でいます。
「友達か女か」というのはどうだったかな。どっちだってないがしろにしちゃいかんのは当然なんだから、天秤にかけるという発想がそもそもなかった。というのは実はきれいごとで、実は天秤にかけるような状況なんてなかった。ような気もするがよく憶えてない。
 彼女ができたらそっちばっかというタイプの男も周りにはいなかったし。

 名前を言おうキャンペーンって……趣旨はわからんでもないが、なんかずれてる気がするなあ。
 私が内田春菊の隠語が鼻に付いたのは、女性はつつましやかであってほしいと私が願っているからであります。なんてね。
「ホリー・ガーデン」は結構気に入ってます。親友同士、お互いの恋人が全然魅力的に映らないというあれ。


 言い忘れてたがディアマンテスの「ボラーレ」はやはり絶品だった。
 ボラーレ、ボラーレと騒いでばかりだと、じゃあオリジナル曲にはろくなのがないんかいと疑問を持つ人が、まあこの掲示板を見てる人の中にはいないだろうけど、コンサートの後半は乗りのいい曲をズラッと並べて盛り上げるという趣だからどうしても「コンサートがよかった」と要約してしまいがち。本当は名曲揃いだが、カバー曲のできがいいとどうしてもそれが目立ってしまう。
 改めて思い起こすと、「愛しのカネラ」「沖縄ミ・アモール」といったゆったりした曲は序盤にさらっと流されてしまった感があって、好きな曲であるにも関わらずあまり印象に残っていない。

 ボルテージを一気に上げたのは「バッフォ・エル・ソル」(バッフォでなくバホまたはバッホと書くべきだと思う)。ディアマンテスとしてはハードな曲で、しかも長い。まだまだ〜と言わんばかりに興奮が積み上げられる感じ。
 それに続く「ケレモス・サルサ」もお見事。この曲、CDではどういうわけか「このシンセブラスはないだろう」と言いたくなるようなディアマンテスらしからぬ音使いだが、ライブでは見事に払拭。ライブCD出ないかな。

 しかしゲスト出演したルビエス(アルベルトがプロデュースしている女性3人のユニット)が見事に失速させてくれた。泉さんが「アマチュア」の一言で切り捨てた唄とダンス。ブーイングしたろかと思った。雨の中素人の唄を聴かされる身にもなってくれ。
 彼女達に取り立てて才能があるとも思えず、なぜアルベルトが関わることになったのか謎。

 その後ディアマンテスの4曲が続き終了。最後のバラード「風の道」はやはり素晴らしい。

 アンコールではまずアルベルト(ボーカル)、トム(ベース)、ターボ(ギター)の3人による「ケ・セラ」。他の3人はこの秋に脱退し、今後はこの3人を中心に活動することになる。粋な選曲。このトリオ、いい。
 続いて現メンバーが勢揃いし「勝利のうた」「GO!GO AHEAD!」で終演。

 な〜んか曲が少なくないかと思ったら、ルビエスが3曲も唄ってやがった。それでもディアマンテスは20曲唄ったが、なんか損した気分。

 とここにディアマンテスのこと長々と書いてもなあ。
1458 報告 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月 2日(月)08時27分25秒
   スピーチにしようか余興にしようか迷ったが、結局両方やることにした。「長すぎて顰蹙を買わないだろうか」という懸念は、前の人達が見事なまでに粉砕してくれた。ところが、いつまで経っても出番が来ない。車で来ていたので「これじゃ酒が飲めんじゃないか」という不満はなかったが、暗唱した文面を忘れないように集中していたため、料理の味がわからんかった。
 さて、スピーチのテーマは「信仰を持つ○○さんと持たない私」というシリアス極まりないもの。こんなのを皆に真剣な面持ちで聴かれたのでは堪らない。で、ボケをかますことにした。
「本日は○○さんと私の関係を暴露したいと思います。」
「そもそも○○さんと私の馴れ初めは・・・・・」
「そうして2人の関係は破局に至ったのであります。」(就職のため自分が移ったことに対して)
そこそこ笑いも取れ、まずまずの出来だったと思う。
 その勢いで芸(歌)へ。歌手に伴奏が合わせてくれる類の音楽をカラオケで歌うという企てにそもそもムリがあった。タイミングを徹底的に練習していたのに、やっぱりずれてしまった。(後半のメロディーを伴奏してくれる部分は問題なし。)それでも、最後の難しいところは何とかこなせた。「もしコケたら思いっ切り笑ってやって下さい。」と言っていたけれど、そうならずに済んだ。
 しかし、本番で歌ってみないと解らない曲というのはやはり精神衛生上悪い。もし再度出演依頼があったら別の曲にしよう。ふと思い付いたのが「この青い空を君に」。カラオケ版の収録されているCDってあるんでしょうか?

 終わってから中古CD屋を廻りましたが、めぼしいものは見つからず。なのに10枚も買ってしまいました。今度は「静寂と陽光」を1000円で買ったので、お土産用に取っておきます。(なお、あの「海と旋律」は加藤さんに託して相馬さんの手に渡るようにすれば良かったかな、と後で思いました。)また、"LO MEJOR DE DIAMANTES"もゲット(1200円也)。これは是非聴いて欲しいと思う人に送ります。


 ここで脱線。この前小説の中の男と女について少し書きましたが、昨日読んだジョーク集の中で一番気に入ったのがこれ。

 男2人と女1人が無人島に漂着したらどうなるか?
 英国人→誰も正式に紹介しないから、彼らはお互いに話をしない
 イタリア人→男は日向ぼっこをし、女はスパゲティ料理を作る
 スペイン人→男達が決闘する
 ドイツ人→男の1人が女と結婚し、もう1人が戸籍係を務める
 スウェーデン人→男同士は愛し合い、女は自分を愛する
 フランス人→女は男の1人と結婚し、もう1人と浮気する
 ロシア人→女は愛していない方の男と結婚し、3人で海辺に腰を下ろし、
      果てしなく嘆き悲しむ。

 最後の2つはそれぞれの国の文学の特徴を見事なまでに示していると思います。(ところで、日本人、米国人、中国人などはどうするのだろうか?)


>江國香織は?
 女流作家なのですか?
(「セニョール・パ」という漫画の主人公は立花香織というプロ野球選手だった。)
1459 言葉を狩る側の論理 投稿者:オールドファン  投稿日:10月 2日(月)17時24分03秒
   私がこの掲示板とともにほぼ毎日覗く掲示板がリニューアルされていて、こうサブタイトルがついていました「自閉症掲示板」。
 どうしたものかと思ったのですが、さすがに無視するわけにもいかず(毎日覗いている掲示板ですから)、かといって見過ごしにもできず、当該掲示板は堅い書き込みが似合わないし、メールで済ますのも一つの選択肢ですが、これはここの常連さんの一人、相馬さんのこだわる「言葉狩り」そのものですので、オープンに話を進めようと思い、こちらの掲示板に書き込むことにしました。
「自閉症」というのは脳機能に関わる障害で、かなり深刻な障害なんですね。
 乱暴な表現をすれば目が見えない、耳が聞こえないといった障害と同様の一生付き合わなければならない障害で、ある面では訓練によってQOLの向上を図れる部分もある障害です。
 障害の詳細については例えば日本自閉症協会のHPなどを参照してもらえばいいかと思いますが、日常生活が何とか支障なくできるレベルから重度の精神遅滞を伴うこともあります。1冊の本を書ける人もいれば(例えば、新潮文庫で今年の6月に「自閉症だったわたしへ」が出版されています。)その一方で排泄の時に自力でパンツを下ろすのも困難な人もいます。
 大江健三郎のご子息が自閉症です。と書いた方が障害をイメージしやすいでしょうか。
 なんでわざわざこんなことを書いているかと言えば私の子供のうち2人までが自閉症だからです。(兄弟で同じ障害という例が多いのも自閉症の特徴です)
 この「自閉症」という単語は一般社会で誤用されることがかなり多いんですね。
 一番多いのが「人付き合いが嫌い」「引きこもり」「不登校」などの総称で使われることです。ほかに「コミニュケーションに問題がある、話が一方通行の人」を言うこともあります。今回問題にした「自閉症」掲示板は後者の例でしょう。
 困るのは「誤用」が一般化してしまい、自閉症者(児)や親に跳ね返ってくることです。
私の職場での体験でも子供に障害があると言った後で「自閉症なんです」といったら、「それは良かったですね」と返事をされたことがあります。
 返事をした方は別に悪気があった訳ではなく、「自閉症=不登校」ぐらいにしか考えてないんですね。
同じような文脈で、
「それは大変ですね、それでいつ頃治るんですか?」と返事されたこともあります。
 別に同情して欲しい訳でもないですが、子供に障害があれば時として仕事を休まざるを得ない状況や、夜遅くまで仕事ができない状況が生じうることぐらいは知っていてほしくても、「たかか自閉症ごときで」と思われてしまうんです。
 直接そう言ってくれれば説明もできますが、言葉の意味を取り違えていることは指摘されない限り永遠に判らないでしょう。
 いろんなところでこの種の「誤用」を見かけます。ある雑誌で
「私は若い頃に自閉症だった時期があって」と書いてある文章を読んだことがあります。
 これを書いた作家も、編集担当者も自閉症が「障害」であってかかったり治ったりする病気ではないことが判っていない。
 もっと極端な例、今手元にある国語辞典(清水書院・新国語辞典:平成2年初版発行)で「自閉症」を引くとこう書いてあります。
「名詞、まわりの人や物事に対して関心を持たず、自分だけの世界にとじこもる病的な精神状態」これで自閉症が深刻な(一生抱えなければならない)障害であることが判るでしょうか?
 さて、こうして誤用が定着した一般社会で自閉症者(児)を家族に持つ者はどうすればいいのでしょう?

 誤用を逐一指摘して訂正させる。・・・言葉狩りですね。
 諦める。誤解されたままにしておく。・・・いつまでも自閉症の本当の姿が理解されません。

日本自閉症協会のHPはこちら
http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~asj/

自閉症掲示板はこちら
http://zoo.millto.net/~kojikato/
1460 そか。大変なのだなあ>オールドファンさん
投稿者:まみ  投稿日:10月 2日(月)20時12分42秒
   私は誤用されてるタイプの方の「自閉症」だったりしますが、オールドファンさんのかきこみに、「うーん」と考えこんでしまいました。
 言葉狩り、になってしまうかもしれないし、徒労かもしれないけど、いちいち説明しなくちゃ、一般人はわからないですよね。

 うまく伝えられないんですが、少しでもオールドファンさんのご家族がハッピーであればいいな、と願います。
1461 なおのこと悪い 投稿者:加藤 浩司  投稿日:10月 3日(火)00時23分47秒
   自閉症について誤った認識を持っていたわけではありませんが(それなら尚更というべきか)、オールドファンさんに指摘されて百害あって一利なしのジョークだったと恥じ入りました。意図的な「誤用」ですからなおのこと悪い。
 少し似た話で、何らかのトラウマを持つ人は、それを連想させる単語を日常会話の中で耳にしただけで心身に変調を来たすことがあると聞いたことがあります。
 こうした形で人を苦しめるのを100%防ごうとしたら表現そのものが制約されて、これまた問題だけれども、「この表現でなければならない」というこだわりなしに不吉な単語を無闇に使う必要はない、そう思います。そう思ったので「自閉症掲示板」の文字は消します。

 オールドファンさんのご忠告に感謝します。
 言葉狩りだなんだともっともらしい理屈を並べられたところで、苦しみを訴えるのを遠慮する必要はない。これだけは間違いないと思います。


 泉さん、「静寂と陽光」ってタイトル間違ってるじゃないすか。
 こちらは沖縄のりんけんバンド、クライズラー&カンパニー、グロリア・エステファンのCDを各1枚買いました。聴くペースより買うペースの方が速い。

 無人島の話、「日本人はファックスで上司に指示を求める」なんて落ちを聞いたことがあります。
 もっと有名なのは、船が難破した時に救命具を着て飛び込むのを怖がる男にどう言えば飛び込むかという話。これはみんな知ってそうだ。

 江國香織は女流作家です。確か江國滋(だったかな)の娘さんです。
1462 難問 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月 3日(火)09時00分40秒
  (非常に重いテーマなので軽々しいことは書けない。)
 実は2年前、同業者のある方から初めてもらった年賀状に、その方のご子息がお二人(長男と次男)とも知的障害を併発した自閉症である、と書かれていて非常に驚いたことがあります。それに続いて、彼の「障害児を子どもに持つ家庭が以下の過程を経て力強く生長するという「自説」が展開されていました。

1.葛藤を経た後、障害児を持ったことを客観的な事実として受け止める。
2.プラスの方向への認識と努力が始まる。
3.その反応に応えてくれる子どもに喜びを感じるようになる。
4.子どもが思春期にさしかかり、将来の自立に対する不安が大きくなる。
5.障害児自立を支援する組織に能動的に参加する。

 そして「私達家族もようやくステージ3にたどり着けました」と書かれていました。(大江氏の家庭はステージ5かもしれません。)また、賀状にはご子息の写真が載っており、「↑私たちを成長させてくれる宝物です」という註が付いていました。これを読んで泣いてしまったことを思い出します。

 「自閉症」が「ひきこもり」や「登校拒否」の意味でも使われるようになり、今では元々の意味を押しのけてしまっているように思います。こうなってしまうと、本来の自閉症には別の単語を用いるしか方法はないのかなという気もします。まるで「納屋を貸して母屋を取られる」のようで、抵抗を持たれる方も少なくないとは想像しますが・・・・難しい問題ですね。
1463 言葉を刈られる側の論理 投稿者:相馬契太  投稿日:10月 3日(火)09時56分56秒
   む、今まで「誤用」の意味での「自閉」を使ってたな。
 というか、正しく認識していなかった。
 こんな状態じゃ「言葉狩り」がどうのと文句も言えない。
 知らないじゃすまされないことですから。
 与えるだろう苦しみを想像せずに言葉を使うのは、言葉を使う資格がない。
 深く自戒しました。
 誤用をほったらかしにして、偉そうなことを言って申し訳ない。
 言葉には鋭敏に。与える影響にも鋭敏に。
 これからも誤用が見られたら、指摘お願いします。

 しかし、自分のことを棚に上げて言いますが、
>言葉狩りだなんだともっともらしい理屈を並べられたところで、
>苦しみを訴えるのを遠慮する必要はない。

「言葉狩り」に反対することは、表現の自由のために苦しみを訴えることを却下することではありません。
「もっともらしい理屈」なんかじゃありません。
これも認識がバラバラなわけですが、当事者が逐一指摘する自体は「言葉狩り」ではないと、俺は思っています。
 そして、最も大きな問題は、苦しみを訴える人たちのことではなく、訴えを理解してないくせに、ことなかれで表現を規制する出版側と、当事者でもないのに無闇に圧力をかけてくる「良識ある」人たちと思っています。

 差別される(もしくは誤解される)当事者と表現者には、埋めるべき溝が見えていない状態です。
 実際は、そこでの理解は可能と思います。
 さてそこで、俺が表現者かというと違うのだけれど。
 当事者ではないんだよな、俺も。
 だから、タイトル「刈られる側」というのは、間違いなのよ。
http://www.simple1-j.com/k-bbs/kbbs.cgi?bn=010446
1464 休場届 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月 3日(火)10時37分43秒
  「言葉狩り」については、筒井康隆の断筆宣言事件に関して、西村有史という医師の「『断筆問題』を考える」というページを読んで大いに考えさせられたことがあります。
 なお、これから南の地に出張しますので3日間アクセスできません。(3年前、面接に行って落とされた嫌な思い出の地だ。)
http://www3.ocn.ne.jp/~pwaaidgp/danpitu.html
1465 頭は使うためにあるのだな〜
投稿者:相馬契太  投稿日:10月 3日(火)12時31分06秒
   泉さん、面白いHP教えていただいてありがとうございます。
 頭がいいというのは大切なことね〜。
 う〜ん、駄文を書き散らしている場合じゃないな。
 しかし、負けん! 見てろ!
http://www.simple1-j.com/k-bbs/kbbs.cgi?bn=010446
1466 我が家の状態もステージ3
投稿者:オールドファン  投稿日:10月 3日(火)18時51分03秒
   この掲示板を重くしてしまったことにとまどいつつ説明不足の点を若干補足します。
「自閉」と「自閉症」は別物なんです。
 自閉は精神分裂病の典型的症状の1つです。つまり「症状」
 自閉症は脳機能に起因する発達障害です。ですから「障害」
 相馬さんが使っている「自閉」は心の病やそれに近い状態を表しているので(相馬さんのHPを見た限りですが)、誤用ではないと思います。
 では、「自閉傾向」(自閉的傾向とも言います)はどういう意味だと思います?
 この場合の「自閉」は障害の意味で使われます。自閉症かどうか判断が付かない幼児にとりあえず付ける障害名です。
 知らなければ何のことかとうてい判りません。
 こうした用語の混乱や誤用のルーツはこの障害が発見された時点にあります。
 自閉症児が医学上で発見されたのは1940年代初めで、医者もどんな病気なのか、どう対処して良いか全く判らなくて、とりあえずその症状が精神分裂病の「自閉」に似ているから「自閉症」名付けたところから始まっています。
 それからしばらくは自閉症が「障害」なのか「幼児に発症する精神分裂病」なのか判断がつかなかった時期があります。(といっても1960年代には決着の着いている話ですが)
 この頃の知識が未だに尾を引いて「自閉症」を心の病や治る病気に誤解・誤用されているのでしょう。念のため広辞苑(第5版、1998年改訂)を見ましたが、「自閉症」は精神分裂病の1種と書かれています。医者・教育関係者・当事者以外の人たちはまだまだ誤解している状態なのでしょう。
 全米精神医学界の判断指針DSM-IV(最近の少年犯罪報道でよく出てくるやつです)では自閉症は「広汎性発達障害」の1種に分類されていますし、自閉傾向という表現はありません。そう考えると自閉症という単語が使われなくなりつつあるのかも知れません。

 「言葉狩り」についてはケース・バイ・ケースなのでしょう。ヒステリックに狩ることにも賛成できないし、出版社の安易な自主規制にも反対です。
 ただ、一般的に差別用語は使う側に問題がある場合が多いとは思っています。筒井康隆の断筆事件で言えばあの文章は「てんかんだったら突然拘束されて連行されても仕方がない」という意味に取れることが問題なのだと私は思います。

 さて、この掲示板をまた重くしてしまったとは思いますが、私が毎日深刻に暮らしているわけでもありません。なにせプロレスサイトを覗いたり、この掲示板に少女マンガの話を書き込んだりしているくらいですから。
 子供のことで言えば、幼児期の1番しんどい時はすぎたかなと思っています。思春期が来ると次のしんどさが待っているかも知れませんが。
 泉さんの引用ですとステージ3でしょうか。
1467 「だれも知らない」必読 投稿者:加藤 浩司  投稿日:10月 4日(水)01時09分28秒
   自閉症の話題が長引くのは全然構いませんので言い残したことがあれば皆さん遠慮なくどうぞ。
 障害児については私も灰谷文学(短編「だれも知らない」には参った)でちょっと触れた程度なんで色々話が聞けるのはありがたいです。

 相馬さんの反論については一切異論ありません。
「自由」とか「権利」の本質を履き違えて人の苦情を一切受け付けないタイプの人間ているじゃないですか。私生活暴露雑誌が「知る権利の行使」とか、アホか〜。
 私の言う「もっともらしい理屈」というのはこういう詭弁のことですね。

 泉さんの教えてくれたページについては、読むのに骨が折れるので印刷して読んでから。


 泉さん、披露宴で「破局」ってもろに禁句じゃないですか。勇気あるなあ。
「この青い空を君に」のカラオケバージョンは、沖縄限定シングルに収録されています。在庫があればネット通販で買えます。詳しくはオフィシャルサイトのディスコグラフィーをご覧あれ。
 この曲は長いだけに、フルコーラス唄ったら場がよどむこと請け合い。いや、泉さんの歌唱力なら大丈夫か。
 あ、買うならついでに「Eisa special e.p.」も買っておいて下さい。これほしい。

「NOWRAP」というタグがあることを知りレベルアップ。
1468 病名って厄介 投稿者:突撃隊長  投稿日:10月 5日(木)15時07分27秒
   久しぶりに覗いてみたら、いつのまにやらこんな感じに。

 世界各国の中でも、日本は特に精神神経科領域の疾患に対する理解度が低いですから、こういった問題はまだまだなくならないのでしょうね。
 そもそも病名なんてのは、最初まだよくわかんないっていう時期についてしまう事が多いので、こういった、一般的用法と厳密な定義との乖離を来す場合も多々あると思うのです。
 DSM−IVが引用されていますね。こういった、系統立てて分類するような試みがなされる事もありますが、でも一方で、元々の言葉がある程度浸透してしまっていると、なかなか普及していかないって側面もあります。
 地道に啓蒙していくのか、それとも系統的分類の普及を待つか。難しいですね。
1469 高橋秀樹なの 投稿者:加藤 浩司  投稿日:10月 6日(金)00時31分44秒
  ↑ラジオでちとツボに入ったもので。

「筒井擁護者の陥穽と居直り」読みました。
 横尾和博という人の思考のお粗末さには呆れるほかなし。あんな文章を雑誌に掲載する編集者もどうかしていると思うが、依頼した以上は載せないわけには行かないか。
 なにしろ主張の軸が「差別者と被差別者は常に入れ替わる可能性がある。だから被差別運動は無意味」でしょ。要するに「お互い様なんだから文句たれるな」。開き直りじゃんか。

 挙げ句の果てには「アフリカを支援するボランティア団体は、他にも困っている国はあるのになぜアフリカなのかを示さねばならない」とか、何言っとんのじゃ。「成り行きです」じゃまずいのか。

 しかも差別に対して組織的に抗議しちゃいけないんだそうな。理由は「圧力団体になるから」。だったらそうならないように組織的に抗議すればいいんじゃないのか。個人が個人に圧力をかけることだってあるぞ。

 これを書いた西村氏は聡明な人だ。
 横尾氏の主張の問題点を「あなたの論に添えばこういうことになる。おかしいでしょう」と明確に示している。論旨の定まらない主張ほど反論しにくいものはないにも関わらず。

 ただ、タブーに関する筒井発言への反論には疑問。
 筒井康隆の主張は「日本にはタブーが多い。だから上等な社会ではない」というものなのだから、それに対して「タブーの多い社会ほど原始社会とは言い切れない」という反論は論点がずれているように思う。
 また、これは私の受けた印象に過ぎないが「日本は上等な国という意識が見える」という指摘は穿ちすぎではないか。

 続いて読んだ「井上ひさしへの2通の手紙」。短いがこちらの方が読み応えがあった。
 特に「言葉狩りと闘うなら、なぜ今までマスコミや出版社と闘わなかったのか。てんかん協会に噛み付いたのは彼らが弱者だからだろう」という指摘には唸らされた。

 それにしても、昔はマスコミが封じ込めれば発言できなかったことが、こうしてインターネットで簡単にできてしまう。いいことだ。

 ところで、ここでちらっと出た「喫煙権」という言葉、これがよくわからない。「喫煙権を尊重せよ」なんて、これを「殺人権」と置き換えればいかに身勝手な主張かわかりそうなものだ。
「私は毎日人を殺さないと落ち着かない。それを取り締まるとはケシカラン。」

「オレの本性」のレイアウトをリニューアル。但し800×600で見ても変化なし。
「掲示板のあり方」も5日0時に更新した後夜にまた加筆訂正。ど〜こだ。


 突撃隊長さんごぶさたです。
 病名の間違いというと「盲腸炎」というのもそれに当たりますか。若干ケースが違うかな。
1470 冷汗 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月 6日(金)08時36分27秒
  「破局」はボケの第3弾だったので、皆も予想していたようでした。それにしても、全然気が付いてなかった(冷汗)。

 帰ってきたら未読メールがドサッと。そのほとんどがパラグアイのメーリングリストから。
 これからパラグアイに南米にボランティアで行く人が、「飛行機はビジネスかエコノミーか、どちらでしょうか?」と質問を投稿したところ、「そんなことにこだわっていて何がボランティアだ!」「国民の税金を何だと思っているんだ」という非難投稿が殺到。そして泥沼状態に。結構読みごたえあります。
1471 ボランティア 投稿者:相馬契太  投稿日:10月 6日(金)10時10分27秒
   ボランティア…。
 俺も今、面倒なことになっています。
 もっとボランティアの権利拡大を。
 滅私奉公じゃないんだから。
 そんなんだから、「徴兵制の変わりにボランティアを義務に」とかいう人が出て来るんだよ。
(↓)ここで見れます。
http://www1.kantei.go.jp/jp/kyouiku/dai1/kokumin.html
1472 ああ、そうそう 投稿者:相馬契太  投稿日:10月 6日(金)11時12分21秒
  「掲示板のあり方」、加筆訂正は<D>の項目。
1473 言葉選び。 投稿者:突撃隊長  投稿日:10月 6日(金)13時55分28秒
   久しぶりの書き込みでした。>加藤さん
 しばらく、俺が手出ししにくいテーマが続いてたんで、出しゃばるのもなーと思って読者に徹してました。

 巷で「盲腸炎」って言われてる病気、医学用語としては正確には「虫垂炎」だけど、盲腸=虫垂なので、「”通称”盲腸炎」って考えれば間違いではありませんね。
 ただ、俺らがカルテに「盲腸炎」って書くと、ちょっとアレですけど。
 あとそれに似た例で、「生理」。これは正確には「月経」です。
 これも、別に生理って言葉は間違いじゃないけども医学用語ではない、という訳です。
 そういや「風邪」も「感冒」だし。めんどくさいですね。

 喫煙権の是非に関しては、難しいものがあるのではないかと。
 今まで認められていたものが、ある日何の予告もなく禁止になれば、そこにはやはり多くの問題が出てきてしまうと思われます。
 大いばりで煙草を吸ってもいいという事ではないですが、スモーカーにもいくばくかの言い分があってもいいと思うんです。
 例えばある場所を禁煙にするとしても、まず予告を出してとか、段階的にとか。
 俺は煙草に関しては別にあまり困りませんが、例えば車のディーゼルエンジンが急に禁止になったらやっぱり困ると思うんですよね。ディーゼルの排気ガスは確かに汚いけど、車買った当初は法律にも何にも引っ掛からなかった訳で。
 これが急に「明日から禁止」ってなったら、やはり抗議したくなります。
1474 お前達こそ偽善だ 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月 6日(金)16時27分50秒
   以前見たワールド・ヴィジョン(途上国の子供の支援団体)のポスターには「偽善でもいい。やらないよりはいい。」という言葉が大きく書かれており、「なるほど、そうだ」と肯いたのですが、慈善にせよボランティアにせよ、「無償ではない」という理由で他人を「偽善」呼ばわりできるのは、実際に無償行為に従事している人だけだと思います。ところが、そういう人達はそういうことをしないんですね。(そして、そんなことを言う連中に限って・・・・・・パラグアイ・メーリングリストの糾弾者達、腹立つなぁ!)
1475 高級座椅子 投稿者:加藤 浩司  投稿日:10月 7日(土)00時04分00秒
   この1年、あまりCDを聴かなくなった理由のひとつは座椅子の座り心地が悪いこと。安さに惹かれて買ったはいいが尻が痛い上によく滑る。それに耐えながらの音楽鑑賞の楽しさたるや。
 聴きながらついウトウトなんてまずあり得ない。ひどい時には聴き始めた途端にCDが終わるのを待ち侘びる始末。癒しの音楽なんてクソ食らえだ。関係ないか。

 よくよく考えてみれば、新品のCD2〜3枚分の値段でまともな座椅子は買えるのだ。それをケチってどうする。
 とようやく気付いて買ったのが肘掛付き座椅子5,500円也。300円の配送料をケチって持ち帰る。疲れた。
 買う前に座って確かめることができないからちょっとした賭けだ。だが座ってみると天国天国。首がちと疲れるのは不満なれど、今まで使っていた座椅子を思えばなんと贅沢な悩みであることよ。

 今まで部屋でくつろぐといったら寝るしかなかったのだから大出世。
 と喜んでずっと座椅子でくつろいでたら腰が痛くなった。いつかお金持ちになったらヒャクマンエンくらいの凄い座椅子を買うぞ。

 と個人サイトの日記にありがちな思い切りつまらない文章を書いてみた。本当はつまらなく「なっちゃった」んだけどそれは内緒。

 サラウンドスピーカーとコンポのリモコンを修理に出す。貯金が底を突きそうになってから結婚式やら修理やら急に出費が増え出したのはなぜだ。歯も痛んで来たし。
 ちっとは働かにゃまずいと思い始める。今更コンビニでもないし(コンビニの人ゴメン)SOHOをやるにはスキルが今ひとつ。どうしたものか。


 ボランティア、参加したことない。安くても報酬があった方が参加しやすいかなあと思う。それなら偽善かどうかなんて悩む人も減るはず。それをボランティアと呼ぶかどうかはともかく。
 相馬さんの教えてくれたサイト、この2つがなんとなく笑えた。
・学校の規則を厳格にする。いじめや援助交際を校則で取り締まる。
・ものの善悪をしっかりと小学校で教える。

 加筆訂正バレたか。
 人を「理屈ばっかり」と非難するのはほぼ例外なく論理的思考のできない人間でアル。とか言うと「あなたは自分を頭のいい人間だと思って人を見下してるんですね」とか下らないこと言うやつがいそうだなあと勝手に思い浮かべてまた腹を立てる私だ。
 掲示板の決まり文句募集。面白いのないか。

 虫垂炎、月経、感冒。どれも日常じゃ全く使わない言葉。特に感冒は「え〜と、なんだっけ」となりそう。
 喫煙権については突撃隊長さんの言う通りだと思います。いきなり180度変わったら虐待になる。喫煙権を主張する人には、それが嫌煙権と対等な権利(変な言い方)でないことだけは認識してもらいたい。

 差別といえば、泉さんのスピーチもやっぱり同性愛者への差別ということになるんだろうか。その手の冗談は私もよく言うが。(列席者に同性愛者がいたらまずいな〜。)
 関根勤が毎年夏に「カンコンキンシアター」という世にもおバカな舞台をやってるが、恒例のホモ(という呼称も差別的なんだそうな)を題材にしたコントだけは素直に笑えない。よく抗議されないなと思う。
1476 打ちのめされた 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月10日(火)08時41分32秒
   『のほほん人間革命』は残念ながら見つからず。で、『のほほん雑記帳』を買ってきて2/3ほど読みました。一番最初のエッセイの「人生最良の晩を思い浮かべれば何とか生きていける」にはジーンときたな。あと、「自分にとって面白い本の基準は、この本のためなら教師を殴れるか否かにある」というのには爆笑。しかし何といっても、この著者が人生の、おそらくは、非常に重要な事柄に対する考え方において、自分と相当に似ているところと正反対といっていいところが入り混じっているのが非常に興味深く、参考になった。(何であるかは触れないでおく。)

 あちらの掲示板ではヤッパリというか反応がない。(別に噛み付きでも何でも構わないんですが・・・・・)こういうことの繰り返しではそれこそ「アホ投稿者」なのでしばらく自粛します。(もっとも、平日の祝日でなければあんな長文は書かない。)こうなると田中さんに暴れ回ってもらうのを期待したいところですね。
 それにしても、優れたものに出会うと自分のダメさ加減が見えてくるというのは本当だ。今回はもう、完全に打ちのめされました。
1477 初めての投稿 投稿者:なをみ  投稿日:10月10日(火)09時34分59秒
   こちらでははじめまして。たまにロムってました。
 てんかん、自閉症に関する話題、興味深く読ませてもらいました。うんうんと、うなずくところしきりです。学生(といっても中学、高校)の頃、精神障害者施設の訪問に何回か行ったのですが、やはり社会との隔離、というのをとても感じました。入所している子供達が愛に飢えているのも強く感じました。でも生き生きと生きている彼らの素晴らしいことよ!帰ってきてから自分の社会にカルチャーショックを受けたほどです。

 今江祥智は「大きな魚の食べっぷり」が好きです。
 鼓童は好きでたまに聴いてますが、最近の海外でミキシングされた録音は、なんか作られた感じがして好きではないです。ベスト盤が出るあたりまでは最高に好きだったなぁ。

 掲示板の上の「不適切でない投稿」というのは、話題がバラバラでないといけない、ということなのでしょうか?何か自分、自信ないです。
 ではまた。海の底に沈むなりぃ。
http://www.shirakami.or.jp/~nawomi/
1478 日本文化を守れ 投稿者:加藤 浩司  投稿日:10月11日(水)00時37分17秒
   なんかマドレデウス掲示板に困った投稿があるのでここでコメントしよう。

 私のネットスケープ(4.51)では何の問題もなく表示されてますね。タダですから新しいのをインストールしましょう。

「愛のない批判はダメ」という基本は基本としても、読んでいて怒りを覚えるほどのゴミ小説なんぞには対しては「愛のない批判」にならざるを得ないなあ。
 小林秀雄氏に「怒りを覚えるほどダメなものを批評する時はどうしますか」と質問したらどう答えるだろう。怒りと悪意は違うんだから別に問題はないか。でも中間に位置する「皮肉」というのも表現には欠かせないだけに匙加減が難しい。


 なをみさん、いらっしゃいませ。
「大きな魚の食べっぷり」、異色作ですねえ(笑)。私が人にまっ先に薦めるのは「写楽暗殺」ですね。思い入れは「ぼんぼん」シリーズの方が強いですが、面白さという点で「写楽暗殺」。
 鼓童のCDは海外録音のものは持ってないです。最初に聴いたのは冨田勲と共演した「ナスカ幻想」だったりしますが、これは素晴らしい。
 一番新しい「鼓」と「童」も好きです。11月のコンサートには行きます。
 不適切でない投稿云々というのは特に意味はないので気にしないで下さい。


 古い話題になるが、相馬さんが教えてくれたサイト、これも笑えた。
「英語の公用語化は疑問。日本文化を守る必要がある。」
 英語を公用語化したらなんで日本文化が壊れるんだ。

 それから愛国心というのはどう捉えたものか。日本ほど「愛国」という言葉への拒絶反応が強い国はない。でもオリンピックでは大抵日本を応援するのだから連帯意識は持っている。
 欧米人は日本人と違って素直に愛国心を持っている人が多い。語学番組でペルーの学生が「国のために尽くす」とか言ってるのにはちょっと抵抗あったが。

 パラグアイMLにはこんな投稿してみてはいかがで。
「それならあなたはボートを漕いでパラグアイに行きなさい。飛行機?冗談じゃない。国民の税金をなんだと思ってるんですか。命の危険などなんです。滅私奉公こそボランティアの精神なのですよ。」

 8日に相馬さんと約1年半ぶりに会い、ゆきさんと初めて会ったが、さて何から書いたものか。とりあえずオフ会の会費を踏み倒されたことだけは報告しておこう(ウソ)。

 9日東京ドーム。極上のプロレス。歴史的勝利。
 琉球フェスティバルを蹴ってまで行ったかいがあった。
 プロレスって素敵だ。
 相馬さんは相馬さんでこの日コンサートで失神してたらしい。
1479 ボランティア 投稿者:なをみ  投稿日:10月11日(水)08時45分11秒
   恥も知らずに続けざまの投稿です。なんかここ、居心地良い。

 ボランティアは人のためなのか?否、自分のためである。
 ここが分かってないと、「せっかくやってあげてるのに」となる危険性が高い。
 また、「何で他の人はしないんだ?」ともなる。どちらもボランティア精神からは遠くかけ離れてしまうだろう。

 最大の批判は無視である、とは開高健の言葉であったか?
 最大の批判は時間という愛である。気付くまで待つ。気付かなければ、はい、さようなら。

 大きな魚は、はい、異色ですね。童話であんなんかいてもいいのか?って感じですね。
 ぼんぼんシリーズは小学校の頃読んでそれっきりなので、あまり記憶にないです。今度じっくり読んでみよう。優しさごっこシリーズは好きです。写楽暗殺は読んでない(無知)。今度読んでみます。え?本貸してくれるって?

 鼓童でニューヨーカがミキシングをつとめたのは、たしか日本版のCDです。サウンドがあちら好みに作られているのかな?という感覚がありました。

 日本の場合、島国だからあまり愛国心を持たなくとも自国にいるという意識をを保てるからなのかなぁ。愛国心の強い国々は、他国が陸続きなので、愛国心を強く意識せざるを得ないんだろうな。でも日本が単一民族であるという考えは、もう古い常識にしたいですね。

http://www.shirakami.or.jp/~nawomi/
1480 困った投稿 投稿者:泉泰弘  投稿日:10月11日(水)08時48分54秒
   遅ればせながら、加藤さんに教えていただいた(謝々)「この青い空を君に」のシングルと、「風の道」「エイサ・スペシャル」共々きのう注文しました。ただし、限定販売のものを生協ルートで入手するといういつもながらの無謀なやり方なので、あまり期待していません。
 ところで、言われてみるまで気が付きませんでしたが、「この青い空を君に」は本当に長い曲なんですね。ベスト盤収録曲では「アスタ・マニャーナ」と並んで6分を超えている。しかし、両曲とも間延びしたところが全くないのはさすが名曲としか言いようがない。
 それにしても、最近カラオケに行って感じることは日本のヒット曲が長いということ。(この前の披露宴でも、3人組が安室美奈江の6分以上かかる曲を歌ってた。)一方、自分の数少ない持ち歌は「ベサメ・ムーチョ」にしても「コンドルは飛んでいく」「ラ・バンバ」「スキヤキ」等々にしてもみんな3分前後で終わってしまう。回数が少ない上に曲も短いとあっては、歌ってる時間では他の人の1/3〜1/4程度ではないだろうか。これでワリカンというのはやはり抵抗がある。「この青い空を君に」と「アスタ・マニャーナ」を置いてくれないものか。

 困った投稿(スイマセン)についてですが、高見沢女史の「ほめる値打ちのないものに対しては?」という質問に、小林氏は「悪い、おかしなところがあっても、それを批判する前に認めよ。」「はじめっから非難しようとしてかかったり、相手をやっつけようと思って、自己主張をすることをつつしめ」と答えています。これはよく理解できるのですが、「批評精神を純粋な形で考えるならば、自己主張はもちろんのこと、どんな立場からの主張も極度に抑制するのが批評精神なんだ。」にはちょっと異を唱えたくなりました。加藤さんが述べられたように、純粋に「怒り」を覚えてもそれを表してはいけないのか? この辺について高見沢女史にもう少し突っ込んでもらいたかった。
 ところで高見沢女史は、兄の思想が優れているのに文章が難しいと言って敬遠する人が多いのは残念だ。もっと解りやすく書き直してはどうか、と提案するのですが、それを小林氏は一言の元にはねつけています。「書けないね。やさしくしようとすれば、違ったことを書いてしまうんだ。苦心に苦心して、くふうをこらして、選んだことばは一つしかないのだ。できないことだなあ。それをやさしくすることは、かえって読者を軽蔑することになる。」(別のところでは、「むずかしいことがらをやさしくするのは、それこそ、いちばんむずかしいことなんだぜ。むずかしいというより、不可能といったほうがいい。いいなおせないんだ。もとの意味とちがってくるからな。それより、むずかしいと思ったら、もっと読むことだ。おれのものを全部、じっくり読みなおすんだな。」と述べていました。)大江氏も「もがくようにして、最後にようやくピッタリくる表現を絞り出す」というようなことを書いていました。これに比べて自分の書く文章にはなんと「あそび」が多いことか!(嘆き)
 ちなみに大野晋氏によると、生活していく上で間に合う語彙数(いわゆる基本語)は3000語程度だが、言語生活がよく営めるためにはもちろんこれでは不十分であり、新聞や雑誌に使われる日本語の語彙は年間で約3万語ということです。しかし、その半分以上は年間の仕様度数1、つまり1年に2度とお目にかかることはない単語。そこで氏は言うのです。一年に一度、あるいは一生に一度しか出会わないような単語が、ここという時に適切に使えるかどうか。使えて初めて、よい言語生活が営めるのだ、と。滅多に使わない単語だけれども、使ったときにピタッと決まる、そのような単語をいかに多く持っているか。また、そのときどきに、ピタッと合う、あるいは美しく表現できるかどうか。つまり「言語能力」も、語彙の多さとともに重要なんだと氏は述べておりました。

 またまた長くなって恐縮です。最後に「愛国心」ですが、以下のサイトの過去帳(掲示板)は結構笑わせてくれます。特に過去の投稿に付けられた管理者のコメントが最高です。(大江氏関係のサイトを探していて偶然入りました。)
 英語の公用語化問題は、後藤文彦氏のサイトなど何カ所かで見かけたことがあります。この点に関してはまたいつか。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6551/